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東京地方裁判所 平成12年(ワ)2415号 判決 2000年9月28日

原告

株式会社キャドム

右代表者代表取締役

若生靖夫

右原告訴訟代理人弁護士

坂本昌史

被告

住友建機株式会社

右代表者代表取締役

牧野利雅

右被告訴訟代理人弁護士

錦徹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告は、原告に対し、金一五六〇万円及びこれに対する平成一二年二月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、原告が、著作物であるロゴを被告に使用させたと主張して、被告に対し、右ロゴにつき著作物使用料の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、被告ないしその前身の会社から、被告の使用するロゴの有償での制作を依頼され、これを別紙一のとおり制作した(以下「本件ロゴ」という。制作時期については、争いがある。)。

2  被告ないしその前身の会社は、原告に対し、右制作の対価の少なくとも一部として、八五万円を支払った。

3  被告は、現在まで本件ロゴを使用し続けている。

二  争点

1  本件ロゴの著作物性

2  原告・被告間で、本件ロゴの使用に関する問題が和解契約により解決済みか否か。

三  当事者の主張

1  争点1(本件ロゴの著作物性)について

(一) 原告の主張

(1) 本件ロゴは、「著作物」に該当するものである。

従来の裁判例の傾向としては、「文字の字体を基礎として含むデザイン書体の表現形態に著作権としての保護を与えるべき創作性を認めることは、一般的には困難であると考えられる」(東京高裁平成八年一月二五日判決・判例時報一五六八号一一九頁)などとされており、このような裁判例の傾向は、「文字の独占使用は許さない」との考えに立つものと考えられる。しかし、同じ「文字」ではあっても、「書」には裁判例でも著作物性が認められており、線、字集団の構成美等によって著者の思想等を表現したものとして著作物と認められることはあり得る。

(2) 本件ロゴ制作依頼までの経過は次のとおりであった。

ア 原告は、昭和四三年ころより住友重機械工業株式会社(以下「住友重機」という。)から主にカタログ制作の依頼を受けて同社との取引を開始し、それ以来平成七年ころまで二七年余り、一貫して同社及び同社の販売部門で被告の前身である住友重機械建機販売株式会社並びに被告から、カタログ関係の制作を請け負ってきた。

イ 住友重機は、ほとんど個別の受注生産の形式で船や大型クレーンなどを製造してきたが、次第に建設機械を中心に量産形式で製造を行うようになり、昭和六一年一〇月に建設機械部門が分離独立することとなった。これが被告の設立である。つまり被告は、それまでの住友重機の受注生産体制から訣別した、量産体制という新しい理念を基に船出した会社であって、社名ロゴも、住友重機とは異なる思想・イメージ、具体的には「(大衆向けに)柔らかく、しかも安定感のある」イメージを具象化するものである必要があった。そこで被告は、こうした社名ロゴの制作は、デザインの専門家でなければなし得ないとして、原告に依頼してきたものである。

ウ 原告は、被告のこうした意図を実現するため、多大な時間(制作時間約四か月)、費用、労力をかけて本件ロゴを作成した。その過程において、一般のタイポグラフィーにはない書体で、一字一字を手書きでないと表現できない創作書体を用いて社名ロゴを作成したが、安定感がとれず縦組みにすると文字が倒れるように見えてしまい、クレーンを製造する会社のロゴとしては到底使えないといったこともあり、作業は難航した。原告は文字バランスを考えながら微妙な感覚で創意工夫をして全体をまとめ、被告の意図する「柔らかく、安定感のある」社名文字を作り上げた。これが本件ロゴである。

(3) このように、被告の制作意図を盛り込みながら、線、字集団の構成美等によって著者の思想等を創意工夫をこらして、会社の個性、イメージを表現することはまさに「創作」であって、できあがった本件ロゴは、いわば被告の個性を示す「顔」として「著作物」というべきである。そして、このように本件ロゴに著作物性を認めたとしても、被告の社名において有効に機能するのみであり、従来の裁判例が危惧したように、一般の文字や書体の使用に制限を加える危険性は全くないのであって、著作物性を否定する理由はない。

(4) 被告は、本件ロゴには「美術」の著作物と同視できるような美的創作性は認められないと主張するが、以上のような経過で作成された本件ロゴは、それを見る一般大衆の美的感性に訴えつつ、新会社のイメージを植え付けるものであり、それを作り上げるのにデザイナーの高度な創作力が要求されたのであるから、そこに「美的創作性」も肯定し得るのである。もっとも、従来の裁判例のように、「美的創作性」を美術の著作物の要件として重視する必要はそもそもないというべきである。三歳の子供が描いた絵でも著作物性が認められることからも明らかなように、「美的」とは受け取られなくても著作物となり得る。また、「美術」の一般用語の定義の中にも「美的」の用語は使われていない。このように、作者の「思想又は感情を創作的に表現」したもので、視覚に訴えるものであれば、「美術」の範囲に属する著作物となり得るというべきである。

(5) 被告の主張によれば、被告は社名及び社名ロゴにつき商号及び商標の登録を受けているとのことである。著作権と商標権は異なるが、仮に本件ロゴがどこにでもあるありきたりのものであれば、わざわざ社名ロゴにつき商標登録する必要はないし、登録もし得ない。本件ロゴが独創性を有するからこそ登録もし得たのであり、独自性を有するからこそ、被告は他社に模倣されては困ると考えて右登録の出願をしたのである。商標登録したこと自体、被告が本件ロゴの独創性を認めていることの証左である。

(二) 被告の主張

(1) 本件ロゴは著作物ではない。原告は、本件ロゴの作成経過を述べて、この点から本件ロゴの著作物性を根拠付けようとしているが、本件ロゴが著作物というに値するか否かは、本件ロゴを客体として観察することにより客観的に定めるべきものであって、作成経過によって本件ロゴの著作物性が左右されることはない。本件ロゴを客体として観察すれば、被告の親会社の住友重機のロゴ(別紙二)に比し、特段の美的創作性を加味したものでなく、角ゴチック書体である住友重機のロゴに若干の変化を加えたものにすぎないことが明らかである。住友重機のロゴとの類似性の問題を離れ、本件ロゴそのものを単独で観察しても、デザイン上の創作的要素は低く、ありきたりのゴチック文字と大差はない。このように、本件ロゴに著作物性がないことは、本件ロゴそれ自体を観察することにより明らかである。

(2) 本件ロゴの作成経過に関する原告主張も誤っている。被告の親会社である住友重機は、船舶、製鉄設備等、極めて広範な分野にわたる総合重機械メーカーであり、主として受注生産方式によっているが、同社でも建設機械に関しては、商品の性質上、当初から標準仕様を定める量産方式で生産している(他の建設機械メーカーでも同様である。)。住友重機は、建設機械の販売会社として昭和三八年に住機建設機械販売株式会社(昭和四四年に「住友重機械建機販売株式会社」と商号変更。さらに昭和五八年に「住友重機械建機株式会社」と商号変更。)を設立した。同社は代理店を通じて住友重機の製造に係る建設機械を販売していたが、カタログの充実を図る方策の中で、原告と昭和四三年ころ取引を開始した。被告は昭和六一年に設立され、住友重機械建機株式会社(以下「住友重機械建機」という。)を吸収合併した。これは、建設機械の製造部門と販売部門を一体化し、建設機械部門を分離独立させるという経営戦略に基づくものであった。このように、被告は建設機械専業会社として出発することになったので、親会社の住友重機の社名ロゴとは若干異なる書体のロゴを被告の社名ロゴとすることとし、被告設立に先立って住友重機械建機が原告にその制作を依頼した。原告は、「被告は、それまでの住友重機の受注生産体制から訣別した、量産体制という新しい理念を基に船出した会社であって、社名ロゴも、住友重機とは異なる思想・イメージ、具体的には『(大衆向けに)柔らかく、しかも安定感のある』イメージを具象化するものである必要があった。」と主張するが、もともと建設機械は量産品であるし、右のようなイメージの具象化の必要性を認めていたわけでない。

(3) 原告の主張する、本件ロゴの作成過程も、誤っている。実際の本件ロゴの作成過程は、左記のとおりであった。

ア 原告(昭和六一年当時の商号は「株式会社スペースフォト」で、大阪に事務所を置いていた。)は、その下請業者である印刷会社の従業員を、住友重機械建機(東京)の総務部総務課長木俣務の下へ派遣し、木俣と当該印刷会社従業員が協議して、社名ロゴの候補を決定した(別紙三)。このうち、文字の右側を丸めるアイデア、すなわち角ゴチック体と丸ゴチック体を配合するアイデア(別紙三のうちC案)は、木俣が提示したものである。なお、同A案は住友重機の社名ロゴの書体をまねたもの、同B案は角ゴチック体の変形である。

イ 木俣と印刷会社従業員の協議は数日にわたり、毎日の協議の結果を印刷会社従業員が持ち帰って印刷し、次の日に持参して出来栄えを評価した。その結果を集約したものが、別紙三の三つの案である。

ウ 木俣は、作成した社名ロゴ案(別紙三)を、住友重機械建機社内の会議にかけ、その会議においてC案を採用することに決した。ただし、「会」の文字だけはB案を採用することとした。

エ 右のように被告の社名ロゴが決定した後に、原告は住友重機械建機に対し見積書を提出し、「CI計画総合企画料」の名目で五〇万円を請求した。この中には「ロゴマーク」との項目も掲げられていた。これに対し木俣は、原告には「CI計画の総合企画」という名に値するような貢献は認められないので、この金員の支払を拒否した。しかし、印刷会社従業員の訴えるとこうによれば、木俣の注文に応えて、社名ロゴの右側を丸くするについては、通常の版下の作成よりも手間がかかる由であったのを考慮して、印刷の費用については高めに設定することを認め、合計八五万円を原告に支払った。

右のとおり、本件ロゴの作成過程は、木俣と印刷会社従業員が協力して、角ゴチック体と丸ゴチック体を試行錯誤により配合したものであった。その間に原告による創作活動は一切介在していない。原告も、いったんは見積書に記載したロゴマークを含む総合企画料を請求したものの、木俣に拒否された後は、これを再び請求することはなかった。右のような経緯に照らし、本件ロゴについて原告を権利者とする著作権が成立する余地はない。

(4) 被告は本件ロゴについて商標登録を受けているが、どのような書体のロゴを用いようが、「住友重機株式会社」という文字の構成が商品識別力を有するのであるから、商標登録は認められるのであり、商標登録が認められたのは、本件ロゴの独創性によるものではない。

2  争点2(原告・被告間で、本件ロゴの使用に関する問題が和解契約により解決済みか否か。)について

(一) 被告の主張

(1) 原告・被告間の平成九年九月三〇日付け「和解書」(甲一)は、当時原告・被告間に存在したすべての紛争を対象として、これを解決したものである。右和解書の八条に、「甲(原告)は乙(被告)に対し、乙及び乙の販売会社グループが、それらの現在の社名ロゴ及びマークを使用し続けることについて異議を述べない。」との条項が置かれている。右約定を、日本語として素直に解釈すれば、被告及び被告の販売会社グループが社名ロゴ及びマークを使用し続けるについて、対価を必要としないことになる。原告の本訴請求は帰するところ「本件ロゴを使用するたえには対価を支払え。」という要求であるが、これは論理的には「対価を支払わないなら本件ゴロを使用するな。」ということと同一(論理学的には「対偶」の関係)である。しかし、「対価を支払わないなら本件ロゴを使用するな。」とは、本件ロゴの使用に異議を述べているにほかならず、右和解書八条に違反することが明らかである。

(2) およそ弁護士たる者が紛争処理を受任して和解契約を締結する場合は、当該紛争について当事者間に存在する問題はすべて解決し、将来に禍根を残さないようにするものである。仮に、当面ペンディングとして将来の解決に委ねざるを得ない事項があれば、和解契約上にその旨を明記する。和解契約についての原告代理人であった伊藤真弁護士は、練達の弁護士であって、弁護士としての対処に遺漏があったとは想定し難い。本件ロゴ使用料を将来の合意に委ねたのであれば、その旨の明記があるはずである。むしろ、本件ロゴを著作物でないと認識していた伊藤弁護士は、使用料を請求するなどという発想はなく、無償使用について異議を述べないという趣旨を、右和解書八条に素直に表現したものと見るべきである。要するに、本件ロゴは著作物でないとの認識の下に、本件ロゴの使用に関する問題をすべて解決する趣旨で、和解契約が締結されたことが明らかであるから、原告は使用の対価を請求し得ない。

(二) 原告の主張

(1) 本件ロゴ制作契約は、原告・被告間の各種カタログ制作等の継続請負による密接な取引関係の中で締結され、当時は使用料等の確定がなされないまま、原告が本件ロゴを制作した。制作後の昭和六一年ころから、原告は再三にわたり使用料額確定の協議を求めたが、被告は相応の対価を支払うべきことを認識しながら、予算がないことを理由に、同年七月ころに制作費の実費の一部として八五万円を支払ったのみで、後はその代償として「永続的に仕事は出す。」などと明言しながらそれ以上の話合いをしようとしなかった。原告としては取引が継続していたこともあり、それ以上の要求は控えていた。

(2) ところがそのうち、原告の撮影、制作したカタログ、写真等を被告が無断で複製使用するという著作権侵害に及んでいたことが発覚し、双方にとってこの問題が重大かつ早急に解決すべき問題となった。そこで、原告・被告間でそれぞれ代理人弁護士を通じての協議が行われ、平成九年九月三〇日、和解契約が締結された。本件ロゴについては、その使用料が多額に上ることが双方で認識されながらも、当面「使用継続」の点のみ和解書に盛り込むことになり、使用料の点は今後の問題として残ったものである。本件ロゴの「使用」自体を認めるかどうかということと、その使用が「無償」かどうかということとは明らかに次元を異にしており、原告は、「使用は認めるが、無償ではない」という原告・被告の共通認識を基本にして、本件和解の時点ではその使用料確定の協議がなされなかったことから、今回この協議を行って相当額の確定をしようと申し入れているものであって、このことは前記和解書八条によって何ら遮断されるものでない。

3  本件ロゴの使用料について

(一) 原告の主張

本件ロゴについての著作物使用料の相当額としては、月額一〇万円が相当である。よって、原告は被告に対し、本件ロゴの制作契約に基づき、昭和六〇年一〇月一日から平成一〇年九月三〇日までの一三年間の著作権使用料として一五六〇万円及びこれに対する本訴状送達の日である平成一二年二月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める。

(二) 被告の主張

争う。

第三  当裁判所の判断

一 争点1(本件ロゴの著作物性)について

1 本件ロゴを原告が制作したこと、被告が右ロゴを現在使用している事実は、当事者間に争いがない。

著作権法二条一項一号は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を、著作物とすると規定し、さらに同条二項は、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と規定している。右規定は、意匠法等の工業所有権制度との関係から、著作権法により著作物として保護されるのは、純粋な美術の領域に属するものや美術工芸品であって、実用に供され、あるいは産業上利用されることが予定されている図案やひな形など、いわゆる応用美術の領域に属するものは、鑑賞の対象として認められる一品製作のものを除き、原則として、これに含まれないことを示しているというべきである。ところで、本件で著作物性が問題となっている文字の書体についていえば、文字は万人共有の文化的財産であり、もともと情報伝達という実用的機能を有することをその本質とするものであるから、そのような文字そのものと分かち難く結びついている文字の書体も、その表現形態に著作物としての保護を与えるべき創作性を認めることは、一般的には困難であって、仮に、デザイン書体に著作物性を認め得る場合があるとしても、それは、当該書体のデザイン的要素が、見る者に特別な美的感興を呼び起こすに足りる程の美的創作性を備えているような、例外的場合に限られるというべきである。

2 そこで、本件ロゴについて検討するに、本件ロゴは、角ゴチック体と丸ゴチック体を適宜組み合せ、文字の太さ等を工夫することにより、力強いイメージや安定感を表現し、被告の会社名を表現したものである。本件ロゴを子細に検討すると、特に文字の右端を丸くしている点など、一般の書体には見られない特徴を有していることが認められるが、他方、親会社である住友重機の社名ロゴ(別紙二)と対比すると、これを基本に、同様なイメージを表現したものであって、美術としての格別の創作性を有するものではなく、見る者に特別な美的感興を呼び起こすような程度には到底達していないといわなければならない。右によれば、本件ロゴをもって、著作物と認めることはできない。

3 著作物性の有無については、対象物自体を客観的に観察することによって判断されるべきであり、本件ロゴの制作過程として原告の主張する事情は、本件ロゴの著作物性の判断に影響しないというべきである。また、商標は、創作性の有無とは無関係に商標登録を受けることができるのであるから、本件ロゴが商標登録されているという事実は、本件ロゴの著作物性の有無とは無関係である。

4 右のとおり、原告の制作した本件ロゴをもって、著作物と認めることはできないから、本件ロゴが著作物であることを前提としてその使用料を求める原告の請求は、理由がない。

二  争点2(原告・被告間で、本件ロゴの使用に関する問題が和解契約により解決済みか否か。)について

1  前記争いのない事実に証拠(甲一、二の一及び二、甲三ないし六、甲七の一ないし四、甲八ないし一一、乙一ないし八)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、親会社である住友重機の建設機械部門として、昭和六一年に設立された。もともと、建設機械の販売会社として、昭和三八年に住友建設機械販売株式会社が設立されたが、同社は昭和四四年に「住友重機械建機販売株式会社」と、さらに昭和五八年に「住友重機械建機株式会社」と商号変更した(以下、前身の会社を含めて、単に「被告」という。)。同社は代理店を通じて住友重機の製造に係る建設機械を販売していたが、建設機械の製造部門と販売部門を一体化し、建設機械部門を分離独立させるという経営戦略に基づき、建設機械専業の会社を設立することになり、被告が設立されたもので、被告は設立の際、右住友重機械建機を吸収合併した。

(二) 他方、原告はもともと「株式会社スペースフォト」といい、昭和四三年ころ、被告の前身の会社のころから、被告と取引を開始した。被告は、建設機械という、規格にそった量産品を扱う関係から、カタログの充実を図る方策をとっており、その中で当時の原告との取引が開始された。原告は、主に被告のカタログに使用する写真を撮影し、カタログ等を制作して被告に納入するという密接な継続的取引を行っていた。そのような中で、被告が建設機械専業の会社として設立されることとなったので、親会社の住友重機の社名ロゴとは若干異なる書体のロゴを被告の社名ロゴとすることとし、被告設立に先立って、住友重機械建機が、原告にその制作を依頼した。原告は、本件ロゴの制作を請け負い、様々な案を経て、これを制作して被告に納入した。それ以来、被告は、本件ロゴを社名ロゴとして使用し、現在も使用を継続している。昭和六一年七月ころ、本件ロゴ制作の対価として、被告から原告に八五万円が支払われたが、その際、代金の一部の支払の趣旨であるとは述べられていない。

(三) 平成九年ころ、原告の撮影したカタログ用写真等を被告が無断で使用したという問題が起きた。被告としても、これら写真等をカタログに使用することができなくなると業務に支障が出ることから、原告・被告とも、この問題を早急に解決するため、それぞれ代理人弁護士を依頼して交渉に入った。この交渉は、主にカタログ写真等の問題について話し合われたが、その中で、本件ロゴについても言及された。当時の被告代理人のファクシミリ文書の中には、本件ロゴの著作物性を認め、その使用料が高額になるとの認識を示したものもあった。しかし、和解交渉全体の中では、本件ロゴについてはそれほど話題に上らなかった。結局、この交渉を経て、平成九年九月三〇日、原告・被告間において、「和解書」(甲一)により、和解契約が締結された。その内容は、①被告が、原告に対し、原告の撮影に係るカタログ、写真等を無断で複製したことを陳謝し、②原告は、被告に対し、必要なフィルム等を譲渡し、被告がカタログを増刷することを許諾する、③被告は、原告に対し、和解金二六三〇万円を支払う、などとなっている。本件ロゴについては、右和解書の八条において、「甲(原告)は乙(被告)に対し、乙及び乙の販売会社グループが、それらの現在の社名ロゴ及びマークを使用し続けることについて異議を述べない。」と定められているのみであり、右和解書において、他に本件ロゴに言及する条項等はない。

(四) 原告・被告間に、この和解成立以後交渉が継続されることはなく、被告は本件ロゴを引き続き使用していたところ、平成一一年一一月になって、原告は、代理人弁護士を通じて、以前の和解交渉で未解決の分と称して、金銭の支払を請求した。その中で、本件ロゴについては、原告は使用につき異議は唱えないが、使用は無償でないとして、著作権使用料三〇年分三〇〇〇万円の支払のほか、一〇〇〇万円で著作権を買い取るよう申し入れた。

2  右認定事実によれば、前記和解書の八条では、爾後被告が本件ロゴを使用することに原告が異議を述べない趣旨が記載されており、対価の支払については何らの記載もないのであるから、和解契約締結の前後の経緯に照らしても、本件ロゴの使用に関しては、右和解契約において、原告が使用の対価を請求しないという合意が成立したものとして、解決済みと解するのが相当である。

右のとおり、本件ロゴの使用料については、右和解契約において、原告が請求しないという合意が成立して解決済みであるから、本訴において、原告がその支払を請求することはできないというべきである。

三  以上によれば、原告の請求は、本件ロゴの著作物性が認められない点において既に理由がないというべきであるが、加えて、原告・被告間において既に和解契約により原告が本件請求をしないことが合意されている点においても、理由がないというべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三村量一 裁判官村越啓悦 裁判官中吉徹郎)

別紙一〜三<省略>

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